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静岡地方裁判所 昭和39年(ヨ)204号 判決

申請人 村上俊三 外一名

被申請人 静岡県教育委員会 静岡県立袋井商業高等学校長

主文

被申請人らは、申請人らが静岡県高等学校教職員組合袋井商業高等学校分会または同組合中遠地区の組合活動をなすため月曜日から金曜日までの間においては、午後〇時三〇分から午後一時一〇分までの休憩時間または午後三時二〇分から午後五時四〇分までの放課後時間のうち、土曜日においては、午後〇時三〇分から午後五時四〇分までの放課後時間のうち、それぞれ一日につき一回限り、三〇分間(但し分会々議または地区会議が開催される場合においてはその終了するまでの時間)を限度として、別紙目録記載の物件に立入ることを妨害してはならない。

申請人らのその余の申請を却下する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を申請人らの、その余を被申請人らの負担とする。

事実

申請人両名訴訟代理人は、

被申請人らは、申請人らが静岡県教職員組合の組合活動をなすため別紙目録記載の物件に立入ることを妨害してはならない、との裁判を求め、その理由として次のように述べた。

一、申請人らは、いずれも静岡県立袋井商業高等学校教諭の職にあり、静岡県立学校の教職員を以て組織する職員団体、静岡県高等学校教職員組合(以下高教組という)の組合員であつて、申請人村上は同組合袋井商業高等学校分会の分会長及び同組合中遠地区常任幹事兼会計、同埋田は同組合中遠地区長及び同組合右分会執行委員の役職にあるものである。

二、被申請委員会は右学校の管理権を有するもの、また被申請人大角は被申請委員会の委任をうけて右学校施設の管理をなすものである。

三、申請人らの所属する前記組合分会は、従来より前記学校内において分会々議その他分会執行委員会などの諸会議、学校長との交渉を主たる内容とする組合活動をなしてきたものであり、申請人村上はその分会長として右組合活動について各会議の招集、開会後の会議の主催、資料の作成整理、会議々案の準備、会議の結果の実施、分会内の連絡、学校長交渉などの役職員としての活動を、申請人埋田は、その執行委員として右各会議への出席、分会内の連絡、資料の作成、記録、学校長交渉などの役職員としての活動を、また前記地区は従来主として前記学校内において地区会議を行つてきたものであり、申請人村上はその常任幹事兼会計として、右会議への出席、会費の徴収、支払、決算などの役職員としての活動を、申請人埋田はその地区長として会議の招集、議事進行、傘下各分会への連絡、実情把握などの役職員としての活動を、それぞれ行つてきたものである。

四、右各活動は、職員の労働基本権としての団結権及びこれに由来する組合活動権に基くものであり、右団結権を維持増進してゆくために合理的な範囲内で前記学校の施設を利用し得る権利を有し、一方施設管理者はこれを受忍する義務を負うに拘らず、昭和三九年九月二日以降、被申請人らは申請人らが前記各活動をなす目的を以て別紙目録記載の物件に立入らんとするのを実力を以て阻止しこれを妨害している。

五、右立入妨害によつて申請人らは前記組合活動を行うにつき多大の支障を来しており、その損害は甚大であり、右の事態は今後も続くことが明白であるから、右妨害の排除を求めるため本申請に及ぶものである。

被申請人両名訴訟代理人らは、

本件申請を却下する、との裁判を求め、申請人らの申請の理由につき、第一項の事実中、申請人らの組合内における地位については知らないが、その余の事実及び第二項の事実はいずれも認める。第三項の事実は不知ないし争う。第四項の事実のうち申請人らが申請人らに対して立入禁止の措置をとつていることは認めるが、その余の事実及び第五項については争うと答弁し、被申請人らの主張として次のように述べた。

一、申請人らは、昭和三九年八月三一日付で被申請委員会によつて懲戒として停職処分に処せられ、翌九月一日被申請人大角より右の告知を受けているのであつて、右停職処分後その効果として同月二日以降本件校内立入禁止の措置を行つたにすぎない。申請人らの従前の組合活動、校内立入は職員としての身分に基き、被申請人校長の裁量権の発動としての許可によつて初めて認められたものであつて、申請人らの権利として当然に発生しているものではないから、立入禁止措置をなすことは当然許される。

二、被申請人らと申請人らとの関係は、特別権力関係たる公立学校の利用関係であつて、被申請人らの前記措置は、申請人らの動向、行動に照し、適法正当な特別権力の発動であつて、何ら非難される謂れはない、のみならず、申請人らの本件申請は右特別権力関係にある学校の利用関係について、行政庁、行政機関たる被申請人らの行政作用を、その行われる以前に予め司法権による先行的規整、阻止又は制限を求め、若しくは行政機関の有する裁量権を制限、制約を求めんとする仮処分申請であつて違法である。

三、本件仮処分は、使用者たる被申請人ら管理にかかる施設の一般的利用を求めるもので、不当労働行為としての「最少限度の広さ」以上の事務所の供与に帰し、不当労働行為の法理に悖る違法若しくは権利の乱用である。

申請人両名訴訟代理人は、申請人らが被申請人主張のとおりの停職処分に処せられたことは認めるが、被申請人らの主張については全部争うと述べた。

(疎明省略)

理由

まず本件仮処分申請の適否について判断する。

行政事件訴訟法第四四条は「行政庁の処分その他公権力の行使に当る行為」について仮処分を制限しているが、右規定の明文上からも明らかなとおり、行政庁のなす行為の全般について全面的に仮処分を禁止するものではなく、仮令行政庁の行為であつても私法上乃至労働法上の規律を受ける行為については仮処分の目的とすることも当然許されているものと解することが相当である。

ところで営造物(公物)管理権の本質が行政関係であるか、私法関係であるかは学説上争いの存するところであつて直ちに私法関係に属すること明らかと一概に断定することはできないが、この点を別論としても、本件において問題とされるところは、申請の理由によれば申請人らの静岡県立袋井商業高等学校教諭たる地位に基く立入が対象とされるものでなく、同校内における高教組袋井商業高校分会所属組合員たる地位に基く立入が問題とされる、いわば使用者と被用者間の労働法上の権利義務の存否が問題とされているのであつて、学校施設管理権を行政関係とする説に立つても、本件は行政関係たる管理権と労働関係たる組合活動の自由乃至権利との交錯する場面の問題といい得るのであり、両者の権利の調和をどこに求めるかについては問題が存するとしても、管理権の名において全面的に組合活動上の権利を否定し去ることは許されないものというべく、後者の権利に基く仮処分までを前記法条は禁止するものでなく、従つて本件申請は未だ不適法とはいえないと解する。

そこで次に申請人らの立入権の存否について判断する。

申請人らが静岡県立袋井商業高等学校教諭の職にあり、同県立学校教職員を以て組織する職員団体高教組の組合員であること、被申請人らが右学校の管理の任に当つていること、申請人らが昭和三九年八月三一日付で被申請委員会から停職処分をうけていること(翌九月一日告知)、の各事実は当事者間に争いがない。

証人山田洋の証言によつてその成立の真正なることが認められる疎甲第五、一四号証、証人鈴木四郎の証言によつてその成立の真正なることが認められる同第一五号証、弁論の全趣旨に徴し、その成立の真正なることが認められる同第九号証、証人渡辺董一の証言によつてその成立の真正なることが認められる疎乙第一三号証に、証人山田洋、同鈴木四郎、同渡辺董一の各証言、被申請人本人大角巌の尋問の結果を総合すれば、

申請人村上は高教組袋井商業高等学校分会の分会長、同組合中遠地区常任幹事兼会計であること、申請人埋田は右分会執行委員、右中遠地区長であること、前記分会においては、従来昼休時間又は所謂放課後時間など勤務や授業に差支えない時刻を選んで、前記学校内の施設のうち、主として会議室において分会々議を開く例が屡々みられ、この場合、組合代表者から予め被申請人大角校長にその旨申し入れ、同校長は時刻、場所について特別の差支えがない限りその使用をその申し入れ通り許し、差支えがあるときは時刻又は場所の変更方を指示して使用させてきたものであること、これらのことは被申請委員会の監督下にある静岡県下の各学校においてもほゞ同様に取扱われることが通例であること、昭和三九年九月二日以降においてもこれらの点は同様に行われてきていること、また地区会議は地区長の属する学校内において放課後時間を利用して行う例となつておつて、従来、右分会々議とほゞ同様の手続を以て地区長たる申請人埋田の属する同校会議室などを使用して開会されてきたこと、申請人村上は、昼休み、放課後時間などを利用して、右分会長として会議の招集準備のための資料の作成、議案の整理、招集手続、議長として会議における手続の主続、会議の結果の実施、分会内の連絡、他分会との連絡、校長交渉などの組合活動を、また地区常任幹事兼会計として地区会議への出席、会費の徴収、支払、決算などの組合活動を、右学校内職員室その他の各室においてそれぞれ行つて来たこと、申請人埋田は地区長として地区会議の準備、招集手続、議長として会議の手続の主催、各分会との連絡、実情把握などの組合活動を、また分会執行委員として分会長の右各事務への参画、分会会議への出席などの組合活動を、申請人村上とほゞ同様に行つてきたこと、同校における昼休み時間は午後〇時三〇分から午後一時一〇分までであり、放課後即ち最終授業終了時刻は平日は遅くも午後三時二〇分、土曜日は午後〇時三〇分であること、定時制部の授業開始時刻は午後五時四〇分であること、の各事実を一応認めることができる。

被申請人両名訴訟代理人は、これら各活動のために右校内施設に立入り利用し得たのは、被申請人校長の裁量権の発動として許したことに基づくにすぎず、申請人らの当然の権利として認められるものではないから、停職処分中である申請人らに対し特に施設の立入り利用を許さない以上申請人らが立入りできないことは当然である旨主張するが、職員団体は「給与、勤務時間その他の勤務条件に関し当局と交渉するための団体」として結成せられ(地方公務員法第五二条第一項)、右各勤務条件につき当局と交渉する権限を認められ(同法第五五条第一項)、また職員が右団体のためにした行為の故をもつて不利益な取扱は受けないとされている(同法第五六条)のであつてその本質は団結によつて当局との実質的な対等を保障せんとする意味における団結権の保障実現にあるものと認められ、当局と雖もこれら団結権の行使、団体活動の自由への干渉、介入をすることは許されないと解することが相当である。ところで職員団体は法律上職員を以てのみ構成され、このため組合員にとつては、職員としての勤務の場と職員団体としての活動の場とが、必然的にほゞ同じ場所において表われることが多く、且その必要性も当然これに伴つて大きいのであり、従つて自らの勤務に支障や弊害がないばかりでなく、他の同僚職員、更には校長らの職務や生徒の授業などへの支障、影響がないように行使されるべき制約が存すべきことは当然のことであるが、その場合においても前記の趣旨は尊重されなければならず、右の支障のない範囲においては、団体活動のため施設の立入り使用をなすことができ(静岡県下の各学校において従来一般にこのことが許されていたことは前記の通りである)、学校施設管理権者と雖もその全面的禁止をなし得ないとの受忍義務ないし管理権の内在的制約を受けるものと考えられる。殊に本件にあつては九月二日以降においても被申請人校長の許しを得て分会々議が学校内において開かれていることは既に述べたとおりであつて、被申請人校長としても右会議の開催を許し会議の行われることを知つている以上、分会所属員たる申請人らの右会議への出席のための立入りまで拒むことは許されない。蓋し前記団体活動をなす権利は、職員団体の有する権利の行使たる性質をも有し、組合員平等に認められるべきものであつて、一部の組合員のみには認めるが、他の組合員には認めないとする如き取扱いは許されないものであるからである。なお、既に分会々議が認められる以上それに関連する準備、整理その他の分会組合活動の認められるべきことは当然であり、従来学校施設内で認められていたその他の活動についても同様であるといわねばならない。

そして、右の範囲に止まる限り、不当労働行為の法意に悖るところはなく、これら権利行使を目して権利濫用とはいえない。

そこで最後に本件仮処分申請の必要性について判断する。

申請人らが昭和三九年九月二日以降被申請人らの立入禁止措置によつて右学校へ立入ることができないことは当事者間に争いがない。

被申請人両名訴訟代理人らは、これら禁止措置は停職処分の効果として当然になし得ることであると主張するが、停職処分の効果として或程度の規制を加え得ることはあり得るとしても、本件の如き全面的な立入禁止措置は組合活動を有名無実たらしめるもので、前記受忍義務違背ないし管理権の濫用として許されないものというべきである。

そこで申請人らの立入りの目的、活動がいかなるものであつたか検討することが必要となるが、証人山田洋の証言によつてその成立の真正なることが認められる疎甲第一〇号証、証人手塚章美の証言によつてその成立の真正なることが認められる同第四号証、弁論の全趣旨に徴しその成立の真正なることが認められる同第七、八号証に、証人山田洋、同手塚章美、同渡辺董一、同松下芳夫、同河合九平の各証言、被申請人本人大角巌の尋問の結果(但し後記措信し難い部分を除く)を総合すれば、九月一日停職処分告知後の午後五時頃右分会による校長交渉の席上申請人らから被申請人大角校長に対し処分は承服できないから九月二日以後も授業に出る旨の申し出がなされていること、九月二日、三日には申請人らを含む二乃至四名が来校して立入を求めたのみであるが、同月四日以降は二〇名以上の動員者が同行して連日の如く立入を求めたこと、遅くも九月八日以降申請人らは右分会々議への出席その他の組合活動のために立入りたい、換言すれば授業には出ない趣旨を明示して立入りを求めたこと、これに対して被申請人らは、申請人らをいかなる理由によるも立入りさせない方針を以て終始一貫し、連日押問答を繰返し、動員者はともかく、申請人ら両名のみを立入りさせることによつて事態の収拾をはかる如き措置をも何らとつていないこと、の各事実を一応認められ(以上の趣旨に反する証人畠山和夫の証言部分及び被申請人本人大角巌の供述部分は措信し難い)、これらの事実に、申請人らは職員たるの職を保有しており、分会等の役職にあること、九月二日以降においても現に同校内での分会々議が行われていることを総合すれば、遅くとも九月八日以降においては申請人らは分会々議出席その他の組合活動のために立入りを求めたものということができるから、正当な目的を有するものと解することが相当であり、仮に被申請人らが授業出講の懸念或いは教育面への影響を考慮するのであれば、授業時間以外の時刻の指定その他適宜の措置を講ずれば足り、それを口実として全面的立入禁止をすることは行過ぎであるというほかない。更に多数者が来校した点については、被申請人らの立入禁止に対抗して順次人数が増加したことも窺われ、学校管理上それら第三者の立入を拒むことは当然なし得るところであろうが、申請人らの立入りまで拒む理由とはなり得ないから、被申請人らにおいて一方的に申請人らの立入目的を組合活動以外のものないしそれを口実にするにすぎないものと断定することは許されないと考えられる。

従つて被申請人らにより全面的立入禁止措置がなされている本件にあつては、申請人らの組合活動をなすにつき著しい支障があることはそれ自体からも明白であつて、この措置は今後も行われる可能性は著しく大であるというべきであるから、その妨害排除を求める本件仮処分の必要性が存することは一応認められるが、その必要性の認められるべき範囲については、既に詳述したことからも明らかなとおり、従前における活動の範囲とその正当性の妥当する範囲とによつて限定されなければならない。

証人山田洋の証言によつて成立の真正なることが認められる疎甲第三号証、証人鈴木四郎の証言によつて成立の真正なることが認められる同第六号証、前掲同第一四、一五号証、疎乙第一三号証に、証人鈴木四郎の証言、被申請人本人大角巌尋問の結果を総合すれば、前記役職にある申請人らがなす必要ある事務は、組合員たる申請人ら自身の停職処分という組合にとつても申請人ら個人にとつても重大問題を抱えている際とて、組合幹部としての立場からも組合員としての立場からも処理を迫られる面と必要度が大きいことは推測できるのであつて、通常の場合以上に重要度、必要度を増しているといえること、一方申請人ら両名は組合専従役職員ではないのであつて、本来自らの勤務を最優先せしめこれに支障のない程度に活動をなし得るにすぎないとの制約が存すること、従前の例に照せば、申請人らの行う連絡、資料作成、打合せなどの組合活動は随時勤務の空時間を利用してなされ、それに要する時間は合計一日平均約三〇分と認められ、その場所は主として職員室の自己の席などで行なわれていたこと、分会々議、地区会議は、以上の他に昼休み時間においては平均約三〇分間以内、放課後においては平均約二時間以内を限度として、主として会議室において行われてきていること、の各事実を一応認めることができる。

これら従前認められた範囲内の活動は正当な限度内のものと解されるが、それ以上の使用立入を主張することは、申請人の主観においては必要性が認められるとしても、前述のとおり管理権と労働権との調和をはかるべき観点からいうもその必要性を拡大することはにわかには認め難い。なお、会議出席以外の組合活動については、従前随時に行われたにしても、他の教職員の勤務への支障、影響を考慮すれば、停職中である現在では、昼休み時間(午後〇時三〇分から午後一時一〇分)又は放課後の授業に関係のない時間(平日午後三時二〇分、土曜日午後〇時三〇分から夜間授業開始の午後五時四〇分まで)において行うことが相当であり、且或程度の事務については臨機に副分会長ら他の役職員を以て一時代行せしめ、その報告を受けて爾後の活動をなし、或いは更に指示をなすこととしても損害は避け得ると考えられるから、時間については前記一日分所要合計時間の範囲内で一括して纒めて行使することが相当である。もつとも会議出席のための立入使用については、予め組合代表者から被申請人校長に申し出てその許しを得てなすのであつて、被申請人校長においても合理的な範囲内で規制を加え得ること前述のとおりであり、その時間、場所につき自動的に限定されているのであるから特に制限を加える必要を見ない。

よつて申請人らの本件仮処分申請は以上の次第で主文記載の範囲内においてその理由があるから右の限度で認容し、その余の申請を却下すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大島斐雄 高橋久雄 寺本嘉弘)

(別紙目録、静岡県立袋井商業高等学校配置図省略)

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